2008年08月02日

赤塚不二夫、漫画家の巨匠が死亡。長い闘病生活の末。いい人生だったかも

赤塚不二夫、漫画界の巨匠がまた一人亡くなった...。

「おそ松くん」「天才バカボン」などで知られる漫画家の赤塚不二夫(あかつか・ふじお、本名・藤雄=ふじお)さんが2日午後4時55分、肺炎のため東京都内の病院で死去した。72歳だった。旧満州(現中国東北部)出身。自宅は東京都新宿区中落合1の3の15。葬儀・告別式などは未定。

終戦で大陸から引き揚げ、奈良県で育つ。小学生時代に手塚治虫作品に感激し、漫画家を志した。中学を卒業して3年間、新潟市の看板店に勤めた後、昭和28年に上京。化学工場で働きながら、漫画雑誌への投稿を重ねた。

31年、「嵐をこえて」でデビュー。東京都豊島区椎名町にあったアパート「トキワ荘」に転居し、石ノ森章太郎や藤子不二雄らと腕を磨いた。34年には“赤塚ギャグ”のはしりとなる「ナマちゃん」が好評に。37年には「おそ松くん」「ひみつのアッコちゃん」が爆発的にヒット。続いて「天才バカボン」「もーれつア太郎」などのヒット作を連発し、“ギャグ漫画の王様”となった。

ニャロメ、ウナギイヌ、レレレのおじさんなどのユニークなキャラクターを生み、「シェー」「ダヨーン」「これでいいのだ」などの流行語も数多く誕生させた。

平成9年12月に自宅で吐血して入院、食道がんが判明。その後も急性硬膜下血腫や脳内出血で緊急手術を受け、14年以降は創作活動を休止していた。

昭和40年に小学館漫画賞(おそ松くん)、47年に文芸春秋漫画賞(天才バカボンなど)を受賞。平成10年に紫綬褒章を受章。15年には東京都青梅市に「青梅赤塚不二夫会館」がオープンした。

(産経新聞より)

とうとう漫画家・赤塚不二夫さんが亡くなってしまったんですね。

最近は全く表舞台から姿を消していましたが、数年前に病気をし、奥様にも先立たれてどうなってしまったかと思った矢先の訃報。

タモリとも親交が深かった赤塚不二夫氏。月曜の笑っていい友ではどんな発言されるんでしょう。

ご冥福をお祈りします。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080802-00000949-san-ent
おそ松くん(1)
posted by スターウオッチャー at 22:21 | 日本のスター

オーストラリア、ケビン・ラッド首相の先祖は下着泥棒と流刑者...でも今や栄誉ある事実...

オーストラリアのケビン・ラッド(Kevin Rudd)首相の先祖の1人は、ドレスと下着各1枚を盗んだ罪で死刑を宣告された英ロンドン(London)の路上生活児で、曾々祖父は砂糖を盗んでオーストラリアに送られた流刑者だった。研究者らが7月31日発表した。

流刑者の先祖を持つことは数十年前のオーストラリアでは恥とされたが、現在では名誉の印とも見なされており、首相のイメージ向上につながりそうだ。

■盗みを働いて流罪になった祖先たち

このたび明らかにされた家系図によると、首相の父方の曾々祖父、トーマス・ラッド(Thomas Rudd)氏は「砂糖1袋を不法に入手した」罪で7年の刑期を過ごすため、1801年に英植民地だったオーストラリアに流された。

また、国営通信社AAPが家系図を元に報じたところによれば、首相の父方の曾々々祖母にあたるメアリー・ウェイド(Mary Wade)さんはロンドンの路上生活児で、道路掃除や物ごいで日銭を稼いでいた。

メアリーさんは12歳だった1788年、年上の少女とつるんで8歳の別の少女をトイレに連れ込み、ドレスと下着を奪った。翌89年1月、ロンドンの中央刑事裁判所・オールドベイリー(Old Bailey)でメアリーさんは死刑を宣告されたが、後に減刑され、当時英国の植民地だったニューサウスウェールズ(New South Wales)に流されたという。

1788-1868年の間に英国からオーストラリアに流された人は、比較的軽微な犯罪者も含め、約16万人に上る。現在オーストラリアでは、国の発展における彼らの役割が、反抗的誇りをもって見直されている。

■流刑者を先祖に持つのは「生粋のオーストラリア人」

シドニー(Sydney)の末日聖徒イエス・キリスト教会(Church of Jesus Christ of Latter-day Saints)で31日に行われた非公開式典で、ラッド首相は革張りの家系図2巻を贈呈された。

教会の長老は、ラッド首相は移民と流刑者を先祖に持つ「生粋のオーストラリアの血統」だとたたえた。オーストラリア系図学会の会長も、「オーストラリア人にとって流刑者の先祖は『聖杯』に等しい。特に第1船団ならなおさらだ」と述べた。

オーストラリア政府は今年、刑務所11か所など流刑地だった過去にまつわる場所を、国の象徴として世界遺産(World Heritage)に申請した。ピーター・ギャレット(Peter Garrett)環境・遺産・芸術相はこれらの場所について、「広大で見知らぬ土地に流された16万人以上の流刑者についての切実な物語」を記念する場所だと述べている。(c)AFP

いやはや、オーストラリアの一国の殊勝たるケビン・ラッド首相のご先祖さまが下着泥棒と流刑者だったとは...。

首相ともなる人物だと、たいそういい家柄の出が多いと思うのですが、オーストラリアでは今や流刑者の子孫は生粋のオーストラリア人として認められているとか。確かにオーストラリアは昔、流刑の地って学校でも習ったような。

しかし、ケビン・ラット首相、今では立派な一国の宰相にまでなられてさぞかし苦労はしたんでしょうね。
オーストラリアの歴史

posted by スターウオッチャー at 18:26 | TrackBack(0) | 政治家