2008年08月06日

DAIGO、ハリウッド進出?

DAIGO、ハリウッド進出?

「確かにぃ〜」などの決めゼリフで人気の歌手、DAIGOさん(30)が、今秋公開されるハリウッド映画「ウォンテッド」で主役のウェスリー役の声優を務めることが6日、明らかになった。DAIGOさんは声優初挑戦に「未体験ゾーンですが、激熱(ゲキアツ)な映画と聞いているので、シンクロ率100%で頑張りまうぃっしゅ」とDAIGO語で意欲を見せている。

映画は、俳優のブラッド・ピットさんとの間に双子が生まれたばかりの女優アンジェリーナ・ジョリーさんがスナイパー役を演じるアクション映画。DAIGOさんはうだつの上がらない青年を演じるが、ジョリーさんとの出会いをきっかけにプロの殺し屋に変ぼうする様子が描かれている。

6月に北米で公開されると、10日間で興行収入が9000万ドル(約96億円)を突破した。ジョリーさんの主演作としては、夫のピットさんと共演した映画「Mr.&Mrs.スミス」の5093万ドルを超え、歴代1位を記録した。現在、続編の制作も進められているという。日本公開は9月20日から「日劇1」ほか全国でロードショーの予定。配給は東宝東和。

(毎日新聞より)

DAIGOがハリウッド映画の声優を初体験とのことです。DAIGOが務めるのがハリウッド映画「ウォンテッド」で主役のウェスリー役の声。

DAIGOの声、それほどいい声とは思いませんし、ちょっと間延びした声ですが、まあ映画の日本語吹き替え版の仕上がりはどんな感じか。面白そうですね。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080806-00000008-maiall-ent
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2008年08月05日

山本昌投手(中日ドラゴンズ)200勝、名球会入りおめでとう。現役でまだまだ頑張って欲しいね

中日・山本昌投手が3日、ナゴヤドームでの巨人戦に先発登板。9回1失点で勝利投手となり、2004年の工藤公康(当時巨人、現横浜)以来プロ野球史上24人目となる通算200勝を達成した。

7月27日の阪神戦で199勝目を挙げ、大台到達に王手をかけて臨んだこの日のマウンドだったが、初回に先頭の鈴木尚にツーベースヒットを許すと、ランナーを三塁に進められ、小笠原の犠飛で先制点を献上。苦しい立ち上がりとなった。しかし2回、1死三塁のピンチを相手のスクイズ失敗で切り抜けると、尻上がりに調子を上げ、得意のスクリューとカーブを武器に、スコアボードにゼロを並べていく。
 
一方、山本昌を援護したい中日打線は、2回、デラロサがソロホームランを放ち同点に追いつくと、3回には中村紀のタイムリーで逆転する。さらに、5回にも井端のソロホームランなどで3点を追加。山本昌の大記録達成を後押しした。

大声援の中、9回のマウンドに立った山本昌は、高橋由にヒットを許したものの、最後の打者・ラミレスをライトフライに打ち取り、完投勝利。勝利の直後、心なしか目を赤くした山本昌は、ナインに胴上げされ喜びをかみしめた。試合後のヒーローインタビューでは「よくぞ自分がここまでこれたな、と思う」と感激を隠せない様子で話した。

山本昌は、1984年に日大藤沢高からドラフト5位で中日に入団。当初はなかなか芽が出ず登板機会にも恵まれなかったが、88年のアメリカ留学をきっかけにその才能が開花。同年に初勝利を含む5勝を挙げると、翌89年は9勝、90年には2ケタに乗せる10勝をマークし、ローテーションの一角に定着した。
 
さらに、93年には17勝、防御率2.05で最多勝、防御率1位を獲得。94年にも19勝を挙げ2年連続の最多勝に加え沢村賞を同時受賞。97年にも最多勝、奪三振王に輝き、リーグを代表する左腕として今中慎二(現野球解説者)とともに90年代の中日投手陣を支えた。
 
2000年代に入ってからは、タイトルこそないものの、06年まで毎年7勝以上と直実に勝ち星を積み上げ、チームにとって貴重な戦力であり続けた。06年には日本プロ野球史上最年長となるノーヒットノーランを達成。11勝を挙げ、チームのリーグ優勝に貢献した。200勝まであと9勝で迎えた昨シーズンは、2勝に終わり思わぬ足踏みを強いられたが、今季はオールスターまでに6勝、防御率3.18と本来の投球を取り戻し、この日悲願の200勝達成となった。

(スポーツナビより)

中日ドラゴンズの山本昌投手、昨夜のジャイアンツ戦、見事完投勝利で200勝達成、すごい。もうすぐ43歳になるベテランピッチャーが、活躍する姿を見るのはなかなか見ごたえありますね。

この調子だと2009ペナントレースもまだまだ頑張れるような感じです。山本昌投手、まだまだ現役にこだわってほしいね。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080804-00000025-spnavi-base
中日ドラゴンズ/中日ドラゴンズ承認 ドラゴンズ優勝記念盤 感動の軌跡 2006
posted by スターウオッチャー at 07:57 | 日本のスター

2008年08月02日

赤塚不二夫、漫画家の巨匠が死亡。長い闘病生活の末。いい人生だったかも

赤塚不二夫、漫画界の巨匠がまた一人亡くなった...。

「おそ松くん」「天才バカボン」などで知られる漫画家の赤塚不二夫(あかつか・ふじお、本名・藤雄=ふじお)さんが2日午後4時55分、肺炎のため東京都内の病院で死去した。72歳だった。旧満州(現中国東北部)出身。自宅は東京都新宿区中落合1の3の15。葬儀・告別式などは未定。

終戦で大陸から引き揚げ、奈良県で育つ。小学生時代に手塚治虫作品に感激し、漫画家を志した。中学を卒業して3年間、新潟市の看板店に勤めた後、昭和28年に上京。化学工場で働きながら、漫画雑誌への投稿を重ねた。

31年、「嵐をこえて」でデビュー。東京都豊島区椎名町にあったアパート「トキワ荘」に転居し、石ノ森章太郎や藤子不二雄らと腕を磨いた。34年には“赤塚ギャグ”のはしりとなる「ナマちゃん」が好評に。37年には「おそ松くん」「ひみつのアッコちゃん」が爆発的にヒット。続いて「天才バカボン」「もーれつア太郎」などのヒット作を連発し、“ギャグ漫画の王様”となった。

ニャロメ、ウナギイヌ、レレレのおじさんなどのユニークなキャラクターを生み、「シェー」「ダヨーン」「これでいいのだ」などの流行語も数多く誕生させた。

平成9年12月に自宅で吐血して入院、食道がんが判明。その後も急性硬膜下血腫や脳内出血で緊急手術を受け、14年以降は創作活動を休止していた。

昭和40年に小学館漫画賞(おそ松くん)、47年に文芸春秋漫画賞(天才バカボンなど)を受賞。平成10年に紫綬褒章を受章。15年には東京都青梅市に「青梅赤塚不二夫会館」がオープンした。

(産経新聞より)

とうとう漫画家・赤塚不二夫さんが亡くなってしまったんですね。

最近は全く表舞台から姿を消していましたが、数年前に病気をし、奥様にも先立たれてどうなってしまったかと思った矢先の訃報。

タモリとも親交が深かった赤塚不二夫氏。月曜の笑っていい友ではどんな発言されるんでしょう。

ご冥福をお祈りします。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080802-00000949-san-ent
おそ松くん(1)
posted by スターウオッチャー at 22:21 | 日本のスター