2008年08月13日

野口みずき、北京オリンピックマラソン欠場。金メダルが逃げていった

五輪女子マラソンで連覇を狙っていた野口みずき(30)=シスメックス=陣営が下した判断は欠場だった。12日、日本陸連を通じて日本選手団本部に報告された。関係者によると、無理をすれば走れない状態ではなかったが、夏場の過酷なレースは選手生命に影響を与えかねず、また出場しても戦えない、と判断したようだ。

30歳の誕生日の翌日となる7月4日、高地合宿先のスイス・サンモリッツへと渡った。その直前、シューズ作製のため足型や左右の重心バランスなどの測定を行ったときは「いままで最高の状態」だっただけに、故障という唯一ともいえる懸念が現実となった格好だ。
 
極限まで走り込まなけば世界では勝てない。当然、故障のリスクは高まる。4年に1度の五輪ならば、なおさらだ。野口自身「練習が苦しいときには『中国の選手はもっとやっている。ここでくじけてる場合じゃない』と思って取り組んでいる」と、男子をもしのぐ練習量をこなしてきた。
 
金メダルを獲得したアテネ五輪では「世界で私が一番練習した」と自らにいい聞かせた。藤田信之監督も「練習量はアテネと変わらない。逆にアテネ以上の練習は出来ない」と言い切る。故障させずに過酷な練習をこなさねばならず、微妙なさじ加減が求められる。諸刃の剣なのだ。
 
だからこそ、アテネ五輪以降は徹底したウエートトレーニングで筋力強化を図り、左右のバランスを矯正してきた。その結果「ストライドは(以前と)そんなに大きな差ないが、以前よりもフォームはよくなっている」と成果はあった。その半面「加齢とともに疲れをどう抜くか、ケアが大切」という課題とも向き合わねばならなかった。

(産経新聞より)

野口みずき選手、女子マラソン欠場は残念無念です。日本としても金メダルが確実に近いほどとれる選手だっただけにちょっと痛すぎる。

こうなったら土佐礼子選手にがんばってもらうしかないですね。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080812-00000958-san-spo
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posted by スターウオッチャー at 06:50 | TrackBack(1) | 日本のスポーツ選手

2008年08月11日

北島康介、平泳ぎ100メートルで金メダル。連覇

北島康介、平泳ぎ100メートルで金メダル。連覇。

北京五輪は第4日の11日、当地で競泳男子百メートル平泳ぎの決勝を行い、日本のエース、北島康介(25)=日本コカ・コーラ=が、58秒91の世界新記録で優勝し、同種目の2連覇を達成した。従来の世界記録は、06年8月にブレンダン・ハンセン(米国)がマークした59秒13。北島は04年アテネ五輪で、百メートルと二百メートルの平泳ぎ2種目を制しており、競泳の日本選手最多となる3個目の金メダルを獲得した。1968年メキシコ五輪から採用された男子百メートル平泳ぎの大会2連覇は史上初。今大会の日本選手の金メダルは、柔道男子66キロ級の内柴正人(旭化成)に続いて2個目。

北島はアテネ五輪後に開催された05年モントリオール、07年メルボルンの世界選手権2大会で、いずれもハンセンに屈し、百メートル平泳ぎの金メダルを逃していた。しかし、4年に1度となるオリンピックの大舞台で底力を見せて連覇を達成。全競技を通じ日本選手初となる2大会連続の同一個人種目2冠という偉業に向け、最高のスタートを切った。同じく連覇を狙う二百メートル平泳ぎは12日夜に予選がスタート。決勝は14日に行われる。

北島は今季、6月のジャパンオープン大会で英スピード社製の高速水着「レーザー・レーサー」を着用して二百メートル平泳ぎの世界新記録を樹立するなど、上り調子で北京五輪を迎えていた。予選、準決勝で五輪新をマークした成長株で、ノルウェー競泳界初の五輪メダルを目指したアレクサンドル・ダーレオーエンや、ライバルのハンセンらを振り切り、栄冠を手にした。

北島康介の話 うれしいです。何も言えません。応援してくれる方がたくさんいたので、金メダルを取れて良かった。アテネの時以上に気持ちいい。最高っすね。記録(更新)も、優勝もできたので満足です。(自身の金メダルで)他の日本選手ももっと頑張ってくれると思う。僕も二百メートルが残っているので頑張る。チョー気持ちいい。

(毎日新聞より)

すごい、オリンピックで平泳ぎ100メートルで初の連覇、北島康介選手、やはり日本のエース。

さすがにアテネでも金メダルを取っているだけあって、北島康介選手、ピークパフォーマンスの持って行き方を知っていますね。200メートルもこの調子で金メダル取ってほしいですね。
歴代オリンピックの全てがわかる!これを見ずして北京オリンピックは語れない!!オリンピック...

posted by スターウオッチャー at 12:30 | TrackBack(1) | 日本のスポーツ選手

内柴正人、北京オリンピック初の日本に金メダル

内柴正人、日本に初の金メダル。男だ。

再び栄光へ。決勝でダルベレ(フランス)に覆いかぶさった内柴は、上体に力を込めて縦四方に固める。敗戦を悟った相手が「参った」とタップ。4年前に続く金メダルを手にした32歳は「これが僕の仕事。(息子の前でおやじの仕事をしっかりやった)」と話し、スタンドに手を振った。

「家族」というキーワードが、内柴を走らせてきた。少年時代、父に言われたのは「子供がいるから、オレは仕事をがんばれる。だから、お前は柔道をがんばれ」。自身も5年前に所帯を持ち、子供ができた。アテネ五輪金メダルの報奨金を元手に、都内に家も建てた。「柔道は仕事」。自分を頼る家族の存在が、強い職業意識に形を変える。

アテネ五輪で頂点に立ち、2005年の世界選手権で2位。それなりに満たされたが、軽量級の悲しさで、周囲の評価は上がらない。「僕は自分のために戦えるほどの活力がない」。現役を続ける理由を一粒種の長男、輝(ひかる)君に求める。「パパはチャンピオンになるからね」。そう声を掛けて練習に出る。

勝てない時期が長く続いた。時には金メダリストのブランドを損なう惨敗もあったが、試合のえり好みはしない。「アスリートとしては、最高の状態に仕上げて、勝てる試合に出ればいい。けど、僕は柔道で飯を食っている。試合に出てナンボです」

妻のあかりさんは育児のかたわら、3年前から柔道整復師の専門学校に通う。夜、寝床に就こうとすると、家事を終えて勉強机に向かう妻の横顔が目に入る。「ただ柔道をやっているだけじゃ、だめだよな」。今まで何度もしおれかけた闘志が、また、かま首をもたげる。

4歳の息子は近頃、「柔道、柔道」と口にする。今年、初めて柔道着を着せてみた。「でも、すぐに脱いでしまった」。自分の背中を追ってくれるかどうかは分からないが、引退後は私設の柔道場を開き、息子たちに有形無形の財産を残したい。妻が柔道整復師の資格を取れば、接骨医も併設して…。「家族のために僕は戦う」。そう言い続ける内柴の中に見るのは、今の日本から失われつつある強烈な父性だ。

(産経新聞より)

内柴正人、柔道で日本に初の北京オリンピックの金メダル奪取。しかし、勝ち方も攻めて攻めての勝ち方。格好よかったですね。

家族に支えられての内柴正人の勝利、なんだかドラマですね。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080810-00000965-san-spo
ツキの最強法則
posted by スターウオッチャー at 06:42 | 日本のスポーツ選手